ヒカリの学習ノート

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日本の医業 医療法人に「持ち分」が与える影響

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近年、病床数のひっ迫が問題となっている。例の感染症が原因の一つではあるが、それ以外にも高齢化による医療需要の増加や医療人材の確保など、国民の健康に関わる問題が多く存在する。今日はそんな日本の医療について病院経営の観点から検討して行きたいと思う。

 

まず確認しておきたいのは、日本の医療供給で「公」が占める病床の割合はわずか3割ということだ。残り7割の病床は私営に任せられている。一方、医療保険は「公」が牽引していて、ドイツやフランスと同様に社会保険方式を取っている。医療財政を支えるものは社会保険料が6割で残りは税金だ。

 

日本の医療の優れたところはフリーアクセスにある。初診・再診費用の負担こそあるが、個人の判断で必要に応じて設備の整った総合病院で診療を受けることができる。筆者はイギリスのNHS (National Health Service) も優れた医療保険制度であると考えるが、強力なゲートキーパー機能(患者の判断で病院を選び難い)が欠点であるとも捉えている。理由は、指定したホームドクターによっては患者の命を左右する重大な結果をもたらしかねないからだ。患者を専門医に紹介するタイミングはかかりつけ医の経験値とさじ加減次第だ。最悪の場合飼い殺しにされる恐れもある。事実、筆者は子供の頃に手術が必要な病気の発見が大幅に遅れたことがある。当時信頼していた係り付け医は無駄な投薬と検査を継続し、最後まで病気を発見できなかっただけでなく、設備の整った病院への紹介状すら書かなかった。結果的に個人の判断で総合病院の内科へ行き、腎臓の影を超音波検査で発見するに至る。もしも日本の医療保険がNHSだったらどうなっていただろうか。予算に限りのある一般患者が迎える結末が如何なるものであるのかは容易に想像できるだろう。

 

このようにバランスの取れた日本の医療保険制度ではあるが、避けなければいけない課題がある。それが「保険あって医療なし」の状況だ。僻地医療を想像してもらえば分かりやすいだろう。首都圏や本土から離れた村や島では設備の整った病院は乏しく、診療所で最低限の医療を受けるに留まるのが現状だ。長期に渡り医師不在の村や島もあるだろう。もちろん、フリーアクセスによる患者数の増加が医療供給を圧迫する恐れもある。地方自治体の医療機関だけでカバーすることは難しいだろう。そこで医療法人の経営のしやすさも課題として浮上してくるんだ。

 

日本では既に1874年に制定した医制(医療・衛生行政の方針を定めた訓令)の時点から民間セクター中心の自由開業医制を採用している。特に1960年以降は民間を中心とする医療提供を促す政策が採られてきた。代表的な例を上げると開業の資金繰りのために医療金融公庫を創設したり、競合を防止するために病床過剰地域に公的医療機関を設置することを禁止したりするなど、大幅な医療法の改正が行われてきた。戦中戦後の期間に後れを取った民間セクター中心の医療復活を遂げるため、経済発展の著しい60年代に医療制度改革が実行されたものと思われる。先進国の仲間入りをした日本の課題が国民医療の発展に向けられたのだろう。

 

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さて、ここから本日のテーマである医療法人の「持ち分あり」と「持ち分なし」の話になる。先に説明した通り、日本の医療は民間セクターを中心とする自由開業制を150年近く前から採用している。そして、手厚い医療保険制度の維持と同時に満たさなければならないのが、医療の供給だ。そのために必要資金の提供や競合の問題を解決してきたことは既に話した通りだが、開業後の経営問題も当然出て来るだろう。

 

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出典:医療機関 の倒産動向調査(2019 年)

帝国データバンクによると、直近2018~19年の倒産件数(診療所・歯科含む)が40件以上となっている。負債の原因が必ずしも今回取り上げた「持ち分」と相続の問題ではないとしても、安定した医療の提供のためにも経営者の負担を軽減することは重要な課題と言えるだろう。また、医療法は「医療」を非営利とすることを定めているが、それが医療法人の経営努力を否定するものではないことも確認しておきたい。医療法人は非営利法人ではあるが、禁じられているのは利益(剰余金)の出資者への分配だ。株式会社による医療機関の経営が存在しない理由はここにある。また、医療法人の経営努力で上げられた利益が病院の設備等の医療事業に再投資されることは何ら禁止されておらず、むしろ期待されるべきことであることも述べておく。

 

さて、医療法人において利益の配当が禁じられているとは言ったが、共同出資者やその相続人が出資金の返還を請求することは長らく可能とされてきた。それによって起こり得る問題は、例えば以下のようなものだろう。

 

事例1.

学生時代からの親友である医師AとBがそれぞれ1000万円ずつ出資して医療法人を設立した。2人の経営努力の結果、医療法人に10億円の財産を築いた。ある日、共同出資者の医師AがBとの仲違いから医療法人を抜けることになった。その際にAが要求できる金額は、医療法人の財産の50%になる。つまり5億円を医師Aに返還する義務が発生することになる。法人がキャッシュで財産を所有しているとは限らないので、返還金が不足する場合には病院の設備を売却して資金を作らなければいけない。

 

事例2.

医療法人を経営する父親が死亡した。病院は一人息子が相続することになった。父親は長年の経営努力によって医療法人に20億円の財産を築いていた。息子はその財産を相続することができる。これだけ聞くと素晴らしいことのように思えるけど、我が国では高額な相続税が発生することを忘れてはいけない。評価額20億円の持ち分で発生する相続税は凡そ10億3千万円だ。息子はこの金額を現金で納めなければならないことになる。

 

繰り返しになるが医療法人が20億円をキャッシュで持っているとは限らないので、相続人は医療法人に対して財産の払い戻し(自分のカネなんだから返せ)を要求することになる。そこから医療機器などの設備を売却していくことになるが、出資者が死亡(相続発生)したり辞めたり(「持ち分」の返還請求)する度にこんなことをしていたら病院の経営が成り立たなくなることは容易に想像できるだろう。これこそが「持ち分あり医療法人」に付きまとう問題なんだ。

 

そこで国は2007年(平成19年)の第5次医療法改正時に同年4月1日以降に新たに設立された医療法人には出資持分を認めないこととした。これが俗に言う「持分なし医療法人」というものだ。問題は2007年(平成19年)3月31日以前に設立された医療法人には引き続き持分が認められている。つまり、依然として「持分あり医療法人」のままなんだ。先に挙げた2つの事例がいつ発生してもおかしくない状況と言える。7割の病床を私営に頼っている現状、国民に安定した医療を供給するためにも「持分あり医療法人」の経営が危ぶまれる事態は避けなければならない。厚生労働省が「持分なし医療法人」への移行を強く進める理由には、安定した医療供給を確保したいという思惑があるからだ。

 

医療法の定める非営利性の不徹底が指摘されてきたのにはこのような背景がある。

「持分あり医療法人」が7割近くを占める現状を打破するためには「持分なし医療法人」への移行手続きを容易にすれば解決するかというと、それも違うんだ。実際、移行自体はそれほど難しくなく、医療法人の定款から解散時の財産返還や出資者の持ち分に応じた返還を約束する項目を削除すれば良いだけだ。その後は各都道府県に定款を提出、認可を受ければ手続きが完了する。

 

では、なぜ「持分なし医療法人」に移行しないのだろうか。理由は、手続き後に発生する懸念事項にある。結論から先に言うと、持分なし医療法人に移行した医療法人には「贈与税」が課税されてしまうからだ。それは一体どういうことなのか…。

 

従来の持分あり医療法人では、出資者の一人が何らかの理由で法人を抜け、さらに持分を放棄した場合には、残った共同出資者に対して贈与税を課せば良かったのだが「持分なし医療法人」に移行することによって全出資者が財産を放棄してしまうことになれば、贈与税を請求する相手がいなくなってしまう。そこで、取っぱぐれを無くすため、医療法人に対して贈与税を課すことで解決することにした。これは厚労省の管轄ではなく税制の問題となってくるので食い違いが生じてしまう。

 

このままでは医療法人の存続が危ぶまれるので本末転倒だ。

そこで、一定の条件を満たせば贈与税を非課税にする制度も設けられたが、それがまた医療法人の経営側にとっては厳しい条件だったんだ。

 

2017年(平成29年)9月30日以前の非課税になるための条件は以下の通りだ。

 

「医療法人の理事を6人以上、監事を2人以上」にすることや「法人関係者に利益供与をしない」ことなど、比較的影響の少ないものもあるんだけど、問題は「.医療法人の役員は親族を3分の1以上入れてはならい」という経営一家にとって大打撃となり兼ねない条件が含まれていることだ。理事の3分の2以上を外部の人間が占めるということは、理事長が追い出されるリスクも増すということだ。創業一家にとっては何らメリットのない手続きとなってしまう。これでは「持分なし医療法人」への積極的な移行を進められない。

 

そこで大幅な条件緩和が行われた。

 

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厚生労働省パンフレット『「持分なし医療法人」への移行促進策のご案内』より引用

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厚生労働省配布パンフレット『「持分なし医療法人」への移行促進策のご案内』より引用

 

以上確認した限りでも分かる通り、創業一家にとって一番の懸念事項であった「役員に親族の3分の1以上入れないこと」という条件が撤廃されている。

 

これによって一族経営を存続しつつ、さらに医療法人への贈与税も非課税となるので、安心して「持分」を放棄することができる。

 

注意すべきは2021年(命和3年)5月28日から2023年(令和5年)9月30日までの限定的措置ということなので、移行を検討している医療法人は速やかに手続きするべきだということだ。

 

以上、医療供給の安定に必要な制度「持分なし医療法人」とそれを取り巻く諸問題について確認してきた。実際の手続きなど詳細については公認会計士や税理士などの専門家に相談すると良いだろう。

 

それでは、次回の記事で。