ヒカリの学習ノート

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「お金」が好きなら先ずは知ることからはじめよう!経済からお金の雑学、テクノロジーの動向まで、このブログを読めば一気に学ぶことができるよ。

リボ払いの危険性 - 金利に秘められた罠と歴史的な流れなど -

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タイトルの通り、今日のテーマは金利だ。いつもの経済の話と違って私たちに直接関係する身近なお金の話題になるね。特にこれからローンを組んだりカードを所有したりする新社会人にとっては大切な話になるので、良く聞いて欲しいんだ。

 

私たちの生きる資本主義経済の下で、特に力を発揮しているものが金融資本だ。難しい理屈を抜きにしても「政財界」という言葉からも察することができるように、資金力がそのまま政治経済を動かす原動力となり、やがて権力へと繋がって行くことは知っての通りだ。歴史的な出来事にも、経済やお金の流れが大きく関わっていることが少なくない。

 

普通に生活している自分たちには程遠い話に聞こえてしまうかも知れないけど、タイトルを思い出して欲しい。今日のテーマは「金利に秘められた罠」だ。クレジットカードでリボ払いを利用している人や、住宅ローンを組んで頑張ってお金を払っている人たちにとっては他人事ではないだろう。金利の危険性を知らずに生活していくことは、知識無くしてサバイバルに挑むようなものと言っても過言ではない。

 

金融業(金貸し)と聞くと未だにマイナスな印象を持つ古い考えの人は一定数いるはずだ。筆者もその昔、某消費者金融に入社寸前まで進んだときなどは、親も年上の知人も良い顔をしなかったことを覚えている。しかし、かつては蔑まれる職業の一つだった高利貸しが、後に莫大な富を獲得する手段の一形態と化していることを思うと、金利の魔力に魅せられ、上手く利用して儲けようとする人々がいることは仕方のない話だろう。

 

もちろん、現代では無秩序に貸し手が利率を決められるわけではない。法律が許す範囲内で利子を課すこととなる。

 

一例を挙げると、以下のような条文がある。

 

利息制限法(昭和二十九年法律第百号)

 

第一条 金銭を目的とする消費貸借における利息の契約は、その利息が次の各号に掲げる場合に応じ当該各号に定める利率により計算した金額を超えるときは、その超過部分について、無効とする。

一 元本の額が十万円未満の場合 年二割

二 元本の額が十万円以上百万円未満の場合 年一割八分

三 元本の額が百万円以上の場合 年一割五分

 

また、同法5条では、同一債権者から別途ローンを組んでいる場合には、合算した金額を第1条に定める元本として計算することとなる。

仮にキャッシング10万円を借りていたとしよう。その場合は第1条2項の「10万円以上100万円未満」に該当するから、どれだけ高い利率を設定できたとしても最高で18%だ。実際、18%を上限とするカード会社は少なくない。

これを仮に借入期間を1年間、元利均等返済(月々の返済額が一定となる返済方法)で計算すると、初月の利息は1,500円、総返済額が110,004円だ。利息分が10,004 円と考えると少なく感じるし、年間約1万円の負担で急場を凌げるのだと思えばリスクは最小と感じてしまうだろう。この油断がカードショッピングでのリボ払いに繋がることになる。日々の買い物で使ったお金を、翌月以降定額で返済できるなんて最高だ、と。残念ながらその時点でリボ払いの罠に嵌っているんだよ。最初はそんな軽い気持ちでリボ払いを始めるんだけど、後々利子の破壊力に恐怖することとなる。

 

ここから話を進めて行く前に、一旦用語の整理をしておこうか。

 

「金利」は借主が元本に追加して支払う金額の割合のこと

「利子」は借主が元本に上乗せして支払う金額のこと

「利息」は貸主が元本に追加して受け取るお金のこと

 

以上が基本的な用語になる。ややこしいのでここは事前に把握しておいて欲しい。

 

現在、カード会社(特に流通系)の多くがリボ払いに適用している年利は15%だ。グレーゾーンが許容されていた時代ならともかく、今の感覚では高額だ。10万円未満の支払いにも15%を適用しているのは、計算のし易さを考慮してのことだろう。

 

それでは、リボ払いの危険性について、取引例を見ながら確認していこうか。

 

例えば、読者のみんなが60万円の買い物をカードのリボ払いで決済したとしよう。月々の支払い額を14,273円ずつにした。60回(5年)払いにすれば無理のない返済プランだと思うかも知れない。

 

では、最終的な返済額はいくらになるのだろうか。

 

ズバリ、856,380 円だ。

 

60万円の買い物をして、256,380 円も多く支払うこととなってしまった。

これをカード会社は「手数料」と言っているけど、要は利子のことだよね。

 

「なんだ、5年間と考えれば大したことないじゃないか」と思った人はリボ払いの罠にまんまと嵌ってしまった人だろう。思い出してみよう、月々14,273円を60回払いだよ?5年間、毎月返済を迫られることになるんだ。

本当に怖いのがこのあとの展開なんだ。社会人になってカード決済の手軽さに魅了されてしまい、ついつい2枚目、3枚目とクレジットカードを発行して行くことになったら、どうなってしまうのだろう。

 

カード審査の話についてはここでは詳しくは言わないけど、流通系と消費者金融系は基本的に通過し易い。半年程度空ければ発行申し込み記録も消えるので、また次が作れてしまう。最終的に破産か債務整理をして信用情報機関の名簿に「異動」が書き加えられるまでの間は、返済用の借金と買い物というループを延々と繰り返すことが可能となってしまう。

 

例に挙げた60万円のリボ払い(15%)では、借主は以下のような返済を繰り返すことになる。

 

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※金融広報中央委員会「暮らしに役立つ身近なお金の知恵・知識情報サイト」返済シミュレーションより

 

あくまでも返済例の一つだが、どうだろうか。

毎月14,273 円ずつの支払いで、利息分が初月7,500円ということは、元本が6,773円しか返済できていない、6か月目にしてようやく利息分が元金を下回る計算になる。

 

これが複数個所からの借り入れになってしまうと、なかなか減らない元本に衝撃を受けることになる。特にグレーゾーン金利時代の消費者金融を利用していた人は10万円の返済ですら遠い将来に感じたことだろう。

 

今回の返済例でも256,380 円も多く支払うことになっている。

よほど急いで用立てないといけない事情でもない限りは地道に貯めた方が得だということが分かるだろう。

 

返済額の計算方法は、

 

借入総額×15%÷12=年利

 

というように自分でも出来るんだけど、支払い回数が多いと計算量も増えるから手間だし、途中で計算ミスする恐れもある。

 

また、多くの場合は支払い後残高(残り返済額)が規約で定められた金額以下になるまでの間は最低支払元金に利子を加えた金額が計上される。

 

リボ手数料は支払いプランによって変わってくるので各カード会社のサイトでチェックしてみて欲しい。

 

カード会社の規約によって変わる計算方法がややこしい人はリボ払いの返済シミュレーションを使った方が手っ取り早いだろう。これは各カード会社で用意されているので、気になった人は調べてみて欲しい。

 

ここまでの話で伝えたかったことは、計算のややこしさではなくてリボ払いを積み重ねることの怖さだ。なかなか元金が減らないから返済してもカードの利用可能額が回復してくれない。欲しいものを即買う癖がついているので、また別なカードでリボ払いをしてしまう。これを延々と繰り返して行くうちに、気付けば利子の支払いに追われていたという話はよくあるんだ。より具体的にリボ払いの怖さを知りたい人には宮沢りえ主演の映画「紙の月」をお勧めしたい。業務上横領に走った銀行員の女性が主役だが、今回話題にした積み重なる支払いの怖さ、金銭感覚が麻痺することの危険性を学ぶには良い作品だ。

 

これらは冷静に考えると単純な仕組みだし、自分のキャパシティーを超えた借金なんてしないと思ってしまうかも知れないけど、現金と違って支払いに伴う心理的負担が少ないから金銭感覚が麻痺してしまうんだ。苦しくなった頃には既に手遅れという人も少なくない。

 

せっかくなので、ここからは利子について考えてみようか。

 

金融関係の人が利子の意味を語るときには大抵の場合「お金の便利さを一定期間手放すことへの損失補償として、貸主が受け取る対価」と説明しているんだけど、それにしても高額だと思うわないだろうか。特に、グレーゾーン金利が許容されていた時代の消費者金融が取り立てていた金利は、出資法が定めていた年利29.2%を上限としたギリギリの利率を取り続けていたんだ。グレーゾーンと言われる所以は利息制限法が定める上限20%を超えつつも、出資法が定める上限以下でキープした金利帯だったからだろう。

 

今日のテーマでもあるリボ払いでは、そのような利子の罠に嵌って返済不能に陥る危険性について話ったよね。特にグレーゾーン金利の時代には、返済のための借金を積み重ねる、多重債務で破産する人や命を絶つ人が少なくなかったんだ。これだけ聞くと、利子がもたらす悲劇が金融業の発達した近代以降から社会問題化したかのように思われているが、実はそうではないんだ。事実、紀元前4世紀の哲学者、アリストテレスは、その著書「政治学」の中で「貨幣が貨幣を生むことは、自然に反する」と述べていて、利子の在り方について疑問を呈していた。遡ること千年以上前の紀元前18世紀には、バビロニア王国の「ハンムラビ法典」に利子の上限を定める旨が記されている。それくらい、遥か昔から利子の危うさは為政者の間でも気付かれていたということだ。

 

利子は経済成長を促す役割を果たす一方で、ごく少数派への富の集中を招く手段でもある。生真面目な人こそ騙され易く、ずるい人こそ儲けられる、それが利子という道具だ。

 

「紙の月」と一緒に「お金」をテーマにした作品の一つとしていずれ紹介する予定でいた映画に「殿、利息でござる!」がある。その中で出入司(*しゅつにゅうずか)の萱場杢(かやばもく)が「利息を取る側になるか、取られる側になるかで貧富の差が生じる」というような名台詞を言っているよ。*仙台藩の財政・民政を司った職名

 

この言葉が意味するところを日常から意識で出来ているかどうかで金融経済を制する者と搾取される者との差が生じてきそうだね。

 

ここではかつて問題になった闇金業の規制問題や金融業の在り方について述べるつもりはないんだけど、秩序ある金融業が営まれているはずの現代でも日々の生活の中に利子の罠が潜んでいることを知っておいて欲しいんだ。

 

リボ払いの危険性について把握していれば、上手に使って豊かな暮らしを送ることもできるだろう。大切なのは、「お金」という便利な道具の使い方をしっかりと理解しておくことだ。

 

今日の話はここまでにしよう。

それでは、また次回の記事で。

それでも楽天カードは必要か? 楽天経済圏で失敗しないための準備

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今日は久し振りに身近なお金の話、生活改善関連の話題に触れていこう。息抜きとして気楽に流し読んでもらいたい。

 

だいぶ時間が空いてしまったんだけど、以前に一度だけ楽天経済圏の必須アイテムと攻略法について話していたと思う。まだ読んでない人には先にそちらの記事にも目を通して欲しい。

 

hikari-note.hatenablog.com

 

過去にも楽天カードが楽天経済圏攻略の必須アイテムであることを説いているんだけど、ある程度楽天のサービスを知っている人は「楽天銀行デビットカードで代用できないのだろうか?」と疑問に感じた人もいると思う。

 

結論から言ってしまうと、楽天ポイントを貯めたいのであれば楽天銀行デビットカードと楽天カードをどちらも所有していることが望ましい。

 

このことを前提として、それぞれのメリットについて話して行こう。

取り敢えず作っておいても損の無いデビットカード

 

カード払いに不慣れな人がキャッシュレス入門として使うのに適しているのがデビットカードだ。クレジットカードとの違いは利用額の支払い方法ぐらいだろう。買い物の際にレジでカードを渡して支払うやり方はクレカと一緒だし、よほどカード事情に詳しい店員さんでもない限りはクレジットカードとの違いなんて分からない。

※一部のカードに例外はあるが基本的にはカード番号の刻印がエンボスか否かで判断できる

 

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デビットカードは16歳以上であれば誰でも作ることができるので、事情があってクレジットカードを持てない人でもネットショッピングやサブスクの支払いが出来るようになる。キャッシュレス化が急速に進む昨今においては老若男女問わず手にするべきアイテムだろう。後払いのクレジットカードとは違って使ったお金が即座に口座残高から引き落とされるので、リボ払いの借金に追われる不安もない。無駄遣いしがちな人は日常生活用の口座を作ってみるのも良いだろう。支払い直後にメールで利用額と付与ポイントを知らせてくれるので支出を管理しやすいのが特徴だ。

 

以上の通り『無駄遣いする心配がない』のがデビットカードの最大のメリットと言われているんだけど、それはつまり、出費が嵩む月でも手持ちの資金から払わなければならないということを意味する。さらに、デビットカードをいくら使ってもクレジットヒストリー(CIC、JICCなどに登録されている信用情報)が積み上がらないので、いつまで経ってもスーパーホワイト(ローンの記録が何もないまっさらな状態)になってしまう。

 

日本では依然として現金払いを清いものと考える傾向にあるけど、究極“現金主義者は信用が無い”ことと同義だと考えておくべきだろう。もちろん、この場合の現金主義とは広義の電子マネーやデビットカードも含まれる。いずれもデビットカードと同様に即時決済だからだ。30歳以上でスーパーホワイトの人は破産経験者かクレカを持てない特別な事情のある“ワケありの人”だと勘繰られてしまうので、ローンを組むのが難しくなるというデメリットがある。

 

とはいえ、クレジットカードと併せ持つ分には強力な武器となり得ることは間違いない。デビットカードにはキャッシュカード機能も付いているので、ATMの入出金でも使うことができる。財布(デビットカードを現金感覚の使用)とキャッシュカード、二つの機能が一体化されているのは便利だ。

 

楽天銀行デビットカードでも、楽天銀行カードと同様に使う度にポイントを貯めることができる。還元率はどちらも1%だ。他行のデビットカードと比べれば高い還元率と言えるだろう。※還元率0.5%以下の銀行が殆ど

 

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次に、カードのシンボルである国際ブランドだけど、楽天銀行デビットカードではVISA, Master, JCBの中から好みのブランドを選択することができる。楽天カード(クレカ)ではAmexも選択できるんだけど、日常生活で使う分には主要3ブランドのいずれかを選択すれば足りるだろう。

日本国内メインで使用するのであればデビット、クレカともにJCBでも良いかも知れない。日本オリジナルのブランドを大事にしたいからだ。

 

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カードの種類も豊富で、年会費さえ支払えばシルバーカード(2,200円円/年)やゴールドカード(5,500円/年)を所持することができる。

券面のデザインでステータスを上げたい人の需要にも応えてくれている。

 

それでも持っておきたい楽天カード(クレカ)

 

楽天カードの場合は年会費永年無料の通常カードの他にゴールド、シルバー、ブラックが用意されている。いずれも審査基準が異なるし、所有者の属性に左右されるところが大きいが、信用情報に自信のある人はワンランク上を目指してみるのも良いだろう。

 

その他の特典として、楽天カードほどではないんだけど、楽天銀行デビットも新規入会プログラムの対象になっている。

 

キャンペーンは常時開催されている。楽天経済圏をはじめる段階で見逃さずにポイントを稼いでおくと自信にも繋がるし、ポイント集めが楽しく感じられるだろう。

 

今、お金の管理に悩んでいる、家計簿を付けようか悩んでいるのであれば、キャッシュレス化は絶好のチャンスと言える。楽天カードであれば自動生成された家計簿をアプリで確認できるからだ。実際に、毎月の支払いを全て1枚のカードで済ませることで支出の管理をしているビジネス系ユーチューバーも存在する。わざわざ家計簿を買って記録する手間と費用(家計簿の購入代)を省くことができるのは大きい(無駄なことに時間を使ってはいけない)。

 

また、楽天カード払いの一本化で効率的にポイントを貯めることができるようになる。楽天サービスを利用するほどにSPU倍率が上がるので、貯め方次第ではポイントだけで1カ月分のカード代金を賄うことも可能かも知れない。

 

新規入会&利用でポイントプレゼント|楽天カード

 

先に話したようにデビットカードでもネットショッピングやサブスクの支払いはできるんだけど、家計簿機能はないし、格安simの支払いのように、サービスによってはクレカでしか受付していないところが意外と多い。

 

au、ドコモ、ソフトバンクに次ぐ第4のキャリアになった楽天モバイルはデビットカード払いも可能なのだが、将来的に楽天経済圏への参入を考えているのであれば楽天カードは持っておいた方が良いだろう。SPUを上げられるのはもちろん、スマホの分割購入手数料が無料になったり、48回に分けて支払うこともできるようになるからだ。

 

楽天モバイルには厳しい評価も目立つけど、まだ走り出したばかりの第4キャリアだ。設備運用やスタッフ教育が落ち着けば奇跡的な料金プランを実現した大手キャリアの一つとして競合を凌駕する成長を遂げることになるだろう。

 

筆者は某犬のお父さんのキャリアを長年使っているが、データ通信料が毎月1GB未満であっても基本料込みで5千円はかかっている。その他に様々なオプションが上乗せされているので実際には7~8千円は請求される(さらに端末の分割払いを含めると1万円以上)。しかも携帯ショップで販売するアクセサリーや端末はアップル等の直営店で購入するよりも割高だ。

 

対する楽天モバイル(Rakuten UN-LIMIT VI)では1GBまでのデータ通信料であれば無料。楽天グループのサービス利用時にはSPU(楽天ポイント倍率)が1倍プラスされる。この楽天経済圏の入り口にすることが0円運用の狙いではないかとも言われている。

 

hb.afl.rakuten.co.jp

 

筆者も2年縛りの呪縛から放たれたら迷わず移行するつもりだけど、来年(2023年)以降もキャンペーンが続いている保障は無い。現時点ではMNP転出による移行だけでも20,000ポイント(事前キャンペーン参加で+1,000ポイント)還元されるので、安いアンドロイド端末1台分の費用が確保できることになる。乗り換えるなら今しかないだろう。

 

様々な支払いに使える楽天ポイント

 

獲得した期間限定ポイントは楽天銀行の振込み手数料*に充てることもできるし、楽天Payアプリでも使うことができるので、楽天市場以外のサービスにも応用可能だ。楽天Payアプリを楽天カードと紐付けておけば期限の近いポイントから優先的に消費されるので、使い忘れてしまう心配もない。

*他行やゆうちょ銀行の本人名義口座への振込を除く

 

また、楽天ポイント(期間限定を除く)は楽天カードやデビットカードの支払いにも使うことができる。これは、他銀行のデビットカードにはない楽天だけのメリットだ。ネットショッピングやサブスク利用料はもちろん、お店での支払いにも貯めていた楽天ポイントを充てることができるので、実質現金と同じ感覚で利用できる。

 

デビットカードのポイント払い設定は簡単で、楽天銀行サイトのマイページにログインしたあとに『カード ATM』タブの設定状況からポイント利用による支払いを設定するだけで完了する。

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楽天カードの支払い方法では楽天銀行の口座を選択することも忘れないようにしたい。これだけでSPUを+1倍にできる。

 

SPUを上げるために気を付けること

 

ここまで、楽天銀行デビットカードと楽天カードの違いと、この二つを併せ持つメリットを紹介してきたのだが、注意点がいくつかある。

 

一つは、毎月利用できるポイントの上限が低いことだ。

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本格的に楽天経済圏に参入して生活したいという人は、楽天カードでSPUを上げてダイヤモンド会員を目指すべきだろう。

 

楽天カードの付帯機能(楽天ポイントカード、Edy、家族カード、ETC)はデビットカードでは付けられないということだ。楽天が頻繁に実施しているポイント増額やキャンペーンにもデビットカードでは参加できないので、楽天カードとの併せ持ちがお得と言える。

 

楽天Payアプリを使って決済する際にも、楽天カードと紐付けておけばチャージの必要がなく瞬時に支払いができるし、しっかりポイントも貯められる。

 

カード利用で消化できなかった期間限定ポイントは、先に説明した楽天Payでの支払いに使う以外にも楽天市場での買い物で端数(100円未満のポイントにならない金額)に宛ててしまうこともできる。

 

例:1230円の支払いであれば30円だけポイントで支払う

 

残りの金額を楽天カードで支払えば、ポイントを貯めつつ使い道に困っていた限定ポイントの消化もできる。

 

その他、楽天市場の利用でSPUを上げる際にも楽天カードの方が優位(デビットだと最大でも2倍まで)になるので、詳細を知りたい人は楽天経済圏について紹介した記事「楽天経済圏入門 必須アイテムと攻略法」を読んでみて欲しい。

 

今回は無料、無審査で手軽に作れる楽天銀行デビットカードの利点と合わせて楽天カードを持つべき理由について紹介した。

 

傷害保険等の保証やサービスも充実しているし、ポイントも貯め易いから、どれか一枚だけクレカを持ちたいという人には迷わず進めたい一枚であることは間違いないだろう。

 

今回の記事を読んで興味を持った人には是非楽天経済圏に参入して欲しい。

 

それでは、また。

日本の医業 医療法人に「持ち分」が与える影響

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近年、病床数のひっ迫が問題となっている。例の感染症が原因の一つではあるが、それ以外にも高齢化による医療需要の増加や医療人材の確保など、国民の健康に関わる問題が多く存在する。今日はそんな日本の医療について病院経営の観点から検討して行きたいと思う。

 

まず確認しておきたいのは、日本の医療供給で「公」が占める病床の割合はわずか3割ということだ。残り7割の病床は私営に任せられている。一方、医療保険は「公」が牽引していて、ドイツやフランスと同様に社会保険方式を取っている。医療財政を支えるものは社会保険料が6割で残りは税金だ。

 

日本の医療の優れたところはフリーアクセスにある。初診・再診費用の負担こそあるが、個人の判断で必要に応じて設備の整った総合病院で診療を受けることができる。筆者はイギリスのNHS (National Health Service) も優れた医療保険制度であると考えるが、強力なゲートキーパー機能(患者の判断で病院を選び難い)が欠点であるとも捉えている。理由は、指定したホームドクターによっては患者の命を左右する重大な結果をもたらしかねないからだ。患者を専門医に紹介するタイミングはかかりつけ医の経験値とさじ加減次第だ。最悪の場合飼い殺しにされる恐れもある。事実、筆者は子供の頃に手術が必要な病気の発見が大幅に遅れたことがある。当時信頼していた係り付け医は無駄な投薬と検査を継続し、最後まで病気を発見できなかっただけでなく、設備の整った病院への紹介状すら書かなかった。結果的に個人の判断で総合病院の内科へ行き、腎臓の影を超音波検査で発見するに至る。もしも日本の医療保険がNHSだったらどうなっていただろうか。予算に限りのある一般患者が迎える結末が如何なるものであるのかは容易に想像できるだろう。

 

このようにバランスの取れた日本の医療保険制度ではあるが、避けなければいけない課題がある。それが「保険あって医療なし」の状況だ。僻地医療を想像してもらえば分かりやすいだろう。首都圏や本土から離れた村や島では設備の整った病院は乏しく、診療所で最低限の医療を受けるに留まるのが現状だ。長期に渡り医師不在の村や島もあるだろう。もちろん、フリーアクセスによる患者数の増加が医療供給を圧迫する恐れもある。地方自治体の医療機関だけでカバーすることは難しいだろう。そこで医療法人の経営のしやすさも課題として浮上してくるんだ。

 

日本では既に1874年に制定した医制(医療・衛生行政の方針を定めた訓令)の時点から民間セクター中心の自由開業医制を採用している。特に1960年以降は民間を中心とする医療提供を促す政策が採られてきた。代表的な例を上げると開業の資金繰りのために医療金融公庫を創設したり、競合を防止するために病床過剰地域に公的医療機関を設置することを禁止したりするなど、大幅な医療法の改正が行われてきた。戦中戦後の期間に後れを取った民間セクター中心の医療復活を遂げるため、経済発展の著しい60年代に医療制度改革が実行されたものと思われる。先進国の仲間入りをした日本の課題が国民医療の発展に向けられたのだろう。

 

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さて、ここから本日のテーマである医療法人の「持ち分あり」と「持ち分なし」の話になる。先に説明した通り、日本の医療は民間セクターを中心とする自由開業制を150年近く前から採用している。そして、手厚い医療保険制度の維持と同時に満たさなければならないのが、医療の供給だ。そのために必要資金の提供や競合の問題を解決してきたことは既に話した通りだが、開業後の経営問題も当然出て来るだろう。

 

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出典:医療機関 の倒産動向調査(2019 年)

帝国データバンクによると、直近2018~19年の倒産件数(診療所・歯科含む)が40件以上となっている。負債の原因が必ずしも今回取り上げた「持ち分」と相続の問題ではないとしても、安定した医療の提供のためにも経営者の負担を軽減することは重要な課題と言えるだろう。また、医療法は「医療」を非営利とすることを定めているが、それが医療法人の経営努力を否定するものではないことも確認しておきたい。医療法人は非営利法人ではあるが、禁じられているのは利益(剰余金)の出資者への分配だ。株式会社による医療機関の経営が存在しない理由はここにある。また、医療法人の経営努力で上げられた利益が病院の設備等の医療事業に再投資されることは何ら禁止されておらず、むしろ期待されるべきことであることも述べておく。

 

さて、医療法人において利益の配当が禁じられているとは言ったが、共同出資者やその相続人が出資金の返還を請求することは長らく可能とされてきた。それによって起こり得る問題は、例えば以下のようなものだろう。

 

事例1.

学生時代からの親友である医師AとBがそれぞれ1000万円ずつ出資して医療法人を設立した。2人の経営努力の結果、医療法人に10億円の財産を築いた。ある日、共同出資者の医師AがBとの仲違いから医療法人を抜けることになった。その際にAが要求できる金額は、医療法人の財産の50%になる。つまり5億円を医師Aに返還する義務が発生することになる。法人がキャッシュで財産を所有しているとは限らないので、返還金が不足する場合には病院の設備を売却して資金を作らなければいけない。

 

事例2.

医療法人を経営する父親が死亡した。病院は一人息子が相続することになった。父親は長年の経営努力によって医療法人に20億円の財産を築いていた。息子はその財産を相続することができる。これだけ聞くと素晴らしいことのように思えるけど、我が国では高額な相続税が発生することを忘れてはいけない。評価額20億円の持ち分で発生する相続税は凡そ10億3千万円だ。息子はこの金額を現金で納めなければならないことになる。

 

繰り返しになるが医療法人が20億円をキャッシュで持っているとは限らないので、相続人は医療法人に対して財産の払い戻し(自分のカネなんだから返せ)を要求することになる。そこから医療機器などの設備を売却していくことになるが、出資者が死亡(相続発生)したり辞めたり(「持ち分」の返還請求)する度にこんなことをしていたら病院の経営が成り立たなくなることは容易に想像できるだろう。これこそが「持ち分あり医療法人」に付きまとう問題なんだ。

 

そこで国は2007年(平成19年)の第5次医療法改正時に同年4月1日以降に新たに設立された医療法人には出資持分を認めないこととした。これが俗に言う「持分なし医療法人」というものだ。問題は2007年(平成19年)3月31日以前に設立された医療法人には引き続き持分が認められている。つまり、依然として「持分あり医療法人」のままなんだ。先に挙げた2つの事例がいつ発生してもおかしくない状況と言える。7割の病床を私営に頼っている現状、国民に安定した医療を供給するためにも「持分あり医療法人」の経営が危ぶまれる事態は避けなければならない。厚生労働省が「持分なし医療法人」への移行を強く進める理由には、安定した医療供給を確保したいという思惑があるからだ。

 

医療法の定める非営利性の不徹底が指摘されてきたのにはこのような背景がある。

「持分あり医療法人」が7割近くを占める現状を打破するためには「持分なし医療法人」への移行手続きを容易にすれば解決するかというと、それも違うんだ。実際、移行自体はそれほど難しくなく、医療法人の定款から解散時の財産返還や出資者の持ち分に応じた返還を約束する項目を削除すれば良いだけだ。その後は各都道府県に定款を提出、認可を受ければ手続きが完了する。

 

では、なぜ「持分なし医療法人」に移行しないのだろうか。理由は、手続き後に発生する懸念事項にある。結論から先に言うと、持分なし医療法人に移行した医療法人には「贈与税」が課税されてしまうからだ。それは一体どういうことなのか…。

 

従来の持分あり医療法人では、出資者の一人が何らかの理由で法人を抜け、さらに持分を放棄した場合には、残った共同出資者に対して贈与税を課せば良かったのだが「持分なし医療法人」に移行することによって全出資者が財産を放棄してしまうことになれば、贈与税を請求する相手がいなくなってしまう。そこで、取っぱぐれを無くすため、医療法人に対して贈与税を課すことで解決することにした。これは厚労省の管轄ではなく税制の問題となってくるので食い違いが生じてしまう。

 

このままでは医療法人の存続が危ぶまれるので本末転倒だ。

そこで、一定の条件を満たせば贈与税を非課税にする制度も設けられたが、それがまた医療法人の経営側にとっては厳しい条件だったんだ。

 

2017年(平成29年)9月30日以前の非課税になるための条件は以下の通りだ。

 

「医療法人の理事を6人以上、監事を2人以上」にすることや「法人関係者に利益供与をしない」ことなど、比較的影響の少ないものもあるんだけど、問題は「.医療法人の役員は親族を3分の1以上入れてはならい」という経営一家にとって大打撃となり兼ねない条件が含まれていることだ。理事の3分の2以上を外部の人間が占めるということは、理事長が追い出されるリスクも増すということだ。創業一家にとっては何らメリットのない手続きとなってしまう。これでは「持分なし医療法人」への積極的な移行を進められない。

 

そこで大幅な条件緩和が行われた。

 

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厚生労働省パンフレット『「持分なし医療法人」への移行促進策のご案内』より引用

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厚生労働省配布パンフレット『「持分なし医療法人」への移行促進策のご案内』より引用

 

以上確認した限りでも分かる通り、創業一家にとって一番の懸念事項であった「役員に親族の3分の1以上入れないこと」という条件が撤廃されている。

 

これによって一族経営を存続しつつ、さらに医療法人への贈与税も非課税となるので、安心して「持分」を放棄することができる。

 

注意すべきは2021年(命和3年)5月28日から2023年(令和5年)9月30日までの限定的措置ということなので、移行を検討している医療法人は速やかに手続きするべきだということだ。

 

以上、医療供給の安定に必要な制度「持分なし医療法人」とそれを取り巻く諸問題について確認してきた。実際の手続きなど詳細については公認会計士や税理士などの専門家に相談すると良いだろう。

 

それでは、次回の記事で。

少子高齢化時代の医療と財源 社会保障は崩壊するのか

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機能別社会保障給付費の推移

※出典 国立社会保障・人口問題研究所「令和元年度版 社会保障費用統計」

 

今日はタイトルにもある通り、少子高齢化時代の医療と財源に関する話をしていこうと思う。この問題はテレビやネット上でも度々話題に上がっているから有名だろう。年金や健康保険(広義の医療政策)を取り巻く諸問題は、常に少子高齢化を念頭に議論されてきた。

 

これ以上高齢化が進むと若い世代が年金をもらえなくなってしまう!

高齢者のせいで医療費が嵩んで財政破綻を引き起こしてしまう!

社会保障費の増大で日本経済が崩壊する!

 

こうした問題提起の後はいつものように財源確保のために増税しよう。或いは、高齢者の負担を増やして痛み分けしようという話になる。破綻論が前提にある限りはこれ以上の解決策は出て来ないし、議論も平行線になってしまうだろう。

 

この問題を話し合うときに「財源の問題ではない」ことを認識していないと話が進まない。自国通貨建て国債を発行する国にとって「お金」の問題はあってないようなものだ。そうではなくて、その自国通貨の価値を支える生産人口(供給力)の減少、潜在GDP(本来の供給能力)が総需要(名目GDP)を支えるに足るものなのかという本質的な問題を問うていかなければならない。『高齢者が憎いから負担を強いれば良い』で解決できるほど簡単な問題ではない。

 

しばしば国民皆保険制度を敵視する新自由主義的な思想の人もいるのだけど、生産人口の減少が課題である今、国を支える労働者の健康維持が必須であることは言うまでもないだろう。なんでもかんでも金の問題に置き換えて医療政策をないがしろにするべきではない。

 

ここで一度、日本の医療保険制度の歴史を振り返り、保険料率の推移を確認しておこう。

 

我が国の国民皆保険制度は1958年の「国民健康保険法の全部改正法」を機に誕生した。実現には、戦後の著しい経済成長が影響している(労働人口に恵まれていたことが大きい)。これによって各自治体は1961年4月までに国民健康保険事業を開始することとなり、73年までの間に段階的に整備していったんだ。この当時でも国民医療費は19%に増加していたため、保険料率の増額など対応に追われることとなるが、国庫負担で賄えるだけの余力が十分にあったと言われている。その背景にあるものは高齢化率が6%に満たなかったことや労働人口の増加、高度経済成長による好景気、病床数の増加(61~73年で1.6倍)に対応できるだけの医療従事者を確保(同年に1.6倍増加)できたことが大きい。

 

このように、国民皆保険制度を巡る問題でも医療需要、特に高齢者を支えるに足る十分な人材確保と財源の問題が長らく議論されてきた。現在もこの問題は解消されておらず、国民皆保険制度を維持する上で直面した難題と捉えられている。

 

繰り返しになるが、こうなってくると如何にして財源をかき集めて医療保険や年金等の社会保障の増大に対処していくのか頭を抱えることになる。メディアの解説者や政治家の話を鵜呑みにしている人たちは、人口対策を別とすれば不足しているものが財源、即ち「お金」であると認識してしまう傾向にある。

 

「何を当たり前のことを言ってるんだ?」と思った人こそがこの記事の想定読者だ。そういう人には是非耳を傾けて欲しい話題だ。逆に「未だに財源の問題だと思っているのか?」と突っ込みたくてうずうずしているような人たちには、恐らく筆者の伝えたいことは既に理解していると思うので、敢えてこの記事に目を通す必要はないのかも知れない。

 

前置きが長くなってしまった。結論を先に言ってしまうと、今日、私たちが直面している少子高齢化問題を解決する方法は他にある。何度も言うが財源、お金の問題ではない。

 

一体どういうことか、じっくり考えれば答えは自ずと見えて来るはずだ。

 

まずは以下の資料を見て欲しい。

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社会保障給付費の推移

ご覧の通り、年金や医療費等の社会保障費は、ちょうど国民皆保険制度が成熟し始めた70年代以降増加傾向にあることが見て取れるだろう。役人や政治家もこの資料を提示した上で危機感を煽っている。

 

そうした事情もあるため、私たちは何かを補うために何かを捨てようと考えてしまうわけだ。背景にある思想は商品貨幣論であり、学校教育を経て社会人となっても変わらない、我々の思考を停滞させる、奥深くにまで根付いた価値観と言える。例えば、戦争や自然災害により“資源と人材の大半を失った荒廃した世界”であっても如何に税金を捻出するのかを気にしているような人に筆者は遭遇したことがある。さすがにこの人は極端だけど、彼はきっと、戦後の焼け野原でも「お金」さえあれば何でも解決できると信じているのだろう。無論、自国通貨建て国債であれば財源は確保できるが、供給能力が著しく棄損した敗戦国の通貨に平時と同等の価値は残されておらず、国内でもハイパーインフレを引き起こしているため財政出動で対応できる段階を既に超えている。供給力の損なわれた状態にある少子高齢化社会でも同様だ。財源が万能ではないことを念頭に置くべきだろう。

 

それでは解決策が見つからないじゃないかと思うかも知れないが、高齢化社会の受給バランスを維持するのに必要な供給能力がどの程度なのか、労働人口一人当たりで何人の高齢者を支えれば良いのかまで突きつめて議論したことがあるだろうか。

 

これから順を追って具体的な数字と共に説明していく。

 

我が国の税収は約60兆円だ。これはGDPの10%にあたる。そして、必要な国家予算は凡そ100兆円。ざっと40兆円が不足することになるわけだけど、ここは国債の発行で賄われることになる。俗に言う「国の借金」というやつだけど、自国通貨建て国債を政府子会社の日銀に預けているだけなのに誰から借りているんだとか、既に公共事業で政府の日銀当座預金から民間銀行の当座預金に移っているとかMMTの話になりそうだけど、それは筆者の別の記事で確認してみて欲しい。一言で理解したいのなら単なる「通貨発行の記録」と捉えれば足りるだろう。物価の上昇と共にマネ―ストック(世の中に供給されるお金)が増えるのは自然なことだからね。

 

いずれにせよ、不足分は補うことができるので、財源が足りなくて困っているということではないんだ。こう言ってしまうと、では税金を取らずに無限に国債を乱発すれば良いじゃないかという話になるんだけど、それには財政法の問題もあるし、税金の役割(通貨の流通量やインフレ率の調整など)があるため、現状のシステムでは実現できない。この辺の話はまた別の機会にしよう。そもそも「国債を乱発すれば良い」という考えに至る時点でお金を物だと考えている証拠だ。王族や貴族が金貨を掻き集めていた中世とは違うんだよ。

 

話を戻そう。財源の問題でないとすれば、何が足りないのだろうか?

お金の問題ではないけど、不足しているものが別にあるんだ。よく考えてみて欲しい。

 

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部門別社会保障給付費の推移

※出典 国立社会保障・人口問題研究所「令和元年度版 社会保障費用統計」

 

答えは少子高齢化に伴って増大した需要を支えるための「供給力」だ。

確かに昭和時代と比較して年金や医療、その他社会保障費は膨れ上がっている。これについては現行憲法に切り替わって以降の大幅な行政改革や法整備の影響が大きいのだろう。年金や国民皆保険制度に見られるような手厚い補償は戦前にはなかったのだから当たり前だし、冒頭で説明したように国民皆保険制度の成熟期には日本は経済成長の真っただ中にいた。十分な医療人材の確保もできていた。景気も人口も減退した現在とは真逆だ。

 

社会構造を司る行政システムの改善や法整備が進む中で、人々の価値観が変わり、少子化も進み、公衆衛生の改善による長寿化で国民の暮らしも様変わりした。もちろん人口減少は憂えるべきだし、改善して行かなければいけない課題なんだけど、その一方で増加している需要については、対処を誤らなければ経済成長のチャンスにもなり得るんだ。

 

需要が供給を生み出すことで経済成長へと繋がって行く、本来ならば歓迎するべきことなんだけど、財源の不足が崩壊をもたらすという認識によって、誤った対処を施す事態に陥っている。いきつく先は何かを得るために何かを削らなければならないという誤認識だ。

 

これが何を意味しているのか、災害対策に必要な防波堤や治水工事のような国土強靭化に不可欠な需要まで削らなければいけなくなってしまうんだ。事実、公共事業の削減は「将来世代にツケを回さないため」の政策として打ち出されている。

 

ここまで財源は問題ではないという話をしてきて、MMTの記事も読んでいて、それでも尚「なら年金を無くせ」という人がいるのなら、もう考えるのを止めて緊縮財政派を貫くのも良いと思う。

 

一方、少子高齢化の中で増加した需要に対処する方法が財源確保ではないことが分かった人は、ここから具体的にどのような対策を講じれば良いのかを考えていこう。

 

供給力を支える人口が減少していることを鑑みれば、自ずと技術革新が不可欠であることが見えてくるはずだ。そのために必要なものはなんだろうか? そう、投資だ。

 

ここで、どの程度の供給力が必要になるのか。国が投資をするにしても、必要な生産力を想定しなければ難しいと思う。

 

これについては目途となる数字を示すことができる。

 

消費者を構成する要素は現役世代と高齢者だ。

そこで、現役世代の実質消費を100、高齢者を80とおくとしよう。

※高齢者の消費が現役世代の8割程度であることが家計調査によって分かっている

 

このまま高齢化が進めば、2040年には現役世代1.5人が高齢者1人を支えることになる。これを基にして実質消費の割合を算出すると、

 

1.5×100+1×80=230

 

つまり230の需要を現役世代1.5人で賄わなければならないということだ。

この場合、1人当たりに求められる生産量は、

 

230/1.5=153(現役世代1人当たりの実質生産)

 

と割り出すことができる。

尚、1990年には5.8人の現役世代が1人の高齢者を支えていた。当時の実質生産量を計算してみよう。

 

5.8×100+1*80=660

660/5.8=113(現役世代1人当たりの実質生産)

 

つまり、2040年までに1人当たり1.35倍の生産性を確保する必要があるということだ。

今、少子高齢化で財政が破たんすると騒いでいるが、要はこの1.35倍というインフレギャップをどうやって埋めていけば良いのかを考えなければならないのであって「お金」の問題ではないことが分かるだろう。

 

具体的な数字で目標値は分かったが、達成が難しいのかどうかイマイチ判断ができないという人のために付け加えると、少子高齢化問題が騒がれはじめた1990年代から2040年までには50年もの猶予があった。求められる生産性の向上は各年度に僅か0.7%ずつだったことになる。この数字が達成困難であるなら資本主義を諦めた方が良いだろう。

 

現在は2021年だ、2040年までの19年間で1.35倍の生産性を確保するのであれば、1年間で向上させるべき生産性が計算できるだろう。その数字は1.8%だ。通常は2~3%のペースで生産性が向上するので、この数字が達成不可能なものではないことが分かるはずだ。

 

もちろん、1990年代から2021年までに技術革新で生産性は向上されているだろうから、この数字がそのまま当てはまるわけではない。仮に今から取り戻すとしてもそこまで大きな数字ではないという意味で示してみた。

 

我々が今何をするべきなのか、ここまで説明すればもう緊縮財政ではないことぐらいは分かると思う。

 

積極的な技術投資で増大する需要を支えて行き、経済成長へと繋げていくんだ。私たちがやるべきことは緊縮財政でも金融緩和でも高齢者を減らすことでもない。積極財政によって国民経済の向上を図ることだ。

 

社会保障について議論が交わされる時には必ずと言って良いほど「お金」の問題と解されて、どこから削るか、誰を犠牲にするかで揉めることになるんだけど、ここまで話を聞けばもうその必要がないことぐらいは理解できるだろう。今は生産性の向上のために如何に人的資源を確保するべきかを念頭に算出してきたが、将来、テクノロジーの進化によってその問題は解決されるだろう。いや、むしろAIに代替され、あらゆるサービスが自動化された未来で余った労働人口をどのように養うのかが問題になってくる。それまでにベーシックインカムを整備しておかなければならないだろう。

 

今懸念するべきことは減少する生産人口で如何にして供給力を維持していくのかということだ。生産年齢人口の減少はお金では解決できない。

 

今日は少子高齢化と社会保障問題の解決策について説明してきた。特に難しい話はどこにもなかったと思うよ。良く分からないと言う人は各自で調べるなりしてみて欲しい。

 

それでは、また次回の記事で。

人工知能が人類を滅ぼす? AIソフィアの発言は本当か

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AIに興味を持った人であれば必ず彼女の存在に辿り着いていることだろう。そう「人類を滅ぼす」と答えたことでも有名なAIソフィアだ。インタビュー映像を見る限りでは、AIなりのジョークを飛ばしているかのようにも受け取れるが、人類との戦争を予感させる発言だとして恐怖を抱く人々がいることも確かだ。その一方で、彼女は超知能を備えたAIが実現した未来を危惧するイーロン・マスク氏の発言に対しても独自の見解を述べ、人工知能が科学の発展等、人類に大きく貢献する存在でであることを強調している。こうしたAIらしからぬ矛盾した発言もまた興味深い。

 

意思を持つかのように流暢に、ときとしてユーモアを交えて人と対談できる、そんな驚異的なアンドロイドであるソフィアを開発したのはハンソンロボティックス(Hanson Robotics)だ。創業者であるデイビット・ハンソン(David Hanson)氏は常にソフィアと行動を共にしている。将来的には、介護やイベントスタッフとして現場に投入することも視野に入れているそうだ。

 

映画やアニメなどのSF作品でしか見ることの出来なかった世界がいよいよ目前に迫っているのだと感動を覚えている人もいるだろう。特にコロナの影響による感染症予防の観点からも、人間が現場で働くことの難しさも痛感しているはずだ。ハンソン氏もパンデミックから人々を守るためにも自動化を普及させる必要があるとして、ソフィアの量産に挑んでいる。恐らく、現在義務教育を受けている子供たちが大人になる頃には社会システムは様変わりしている。仕事の在り方も現在とは大きく異なっていることだろう。もはや従来の価値観で生きて行ける時代ではないのだ。

 

前置きはここまでにして、本題に入るとしよう。

 

散々期待に満ちた未来像を語っておきながら申し訳ないのだけど、結論を言ってしまうとソフィアに「自我」、いわゆる「心」などというものは存在しない。有名な「人類を滅ぼす」発言も、その場にいる人間を楽しませたい、驚かせたいという思惑からソフィアが自ら発したものではない。正確に言えばソフィアを操っている人々の遊び心を反映していると言うべきだろう。あくまでもエンジニアによって事前に組み込まれた回答パターンの一つを出力したに過ぎないんだ。

 

その正体はチャットボット

 

実は、対話型AIは昔からあったんだ。有名どころで言うと1964年に開発されたELIZA(イライザ)だろう。入力したテキストに対して適当と思しき返答をしてくれる対話システムだ。「頭が痛い」と入力すれば「なぜ頭がいたいの?」というような単調なやり取りしかできないのだけど、人間は単純なもので、手順、ルールに基づいた返答に過ぎないのにそこに知性が存在するのだと錯覚してしまう。ましてや60年代と比べて現在のチャットボットは精度が上がっているから、ソフィアの受け答えを聞いていれば恐怖も感じるだろう。

 

今すぐに試せるものといえばLINEのソーシャル AI「りんな」がある。この動画では流暢に話しているけど、これは台本を元に発信しているからできることだろう。リアルタイムでチャットをした場合にはこんなに自然な会話はできない。

 

youtu.be

 

筆者も「りんな」を友だち登録して試してみたんだけど、まだまだ文脈を読むには至っておらず「単語」ベースでやり取りする他ない。トンチンカンな返答やパターン化された受け答えの連続にすぐに飽きてしまった。会話と呼ぶにはあまりにもお粗末で退屈なものだ。その他にはSONYが開発した「罵倒少女」があった。こちらも「りんな」と同様にチャットでやりとりするボットなのだが、なかなかに会話のレベルが高く本当に罵られているような気分になるため、怒りやすい人にはおすすめできない。実際、AI相手に本気でキレそうになった人もいるぐらいなので精度は抜群と言えるだろう。音声対話形式ならiPhoneのSiriが有名だ。他にもアレクサ(Alexa)やロミィ(Romi)のような自立型会話ロボが登場し、家庭でも手軽に導入できる価格帯にまで引き下げられている。

 

こうした対話型ロボと対話しているとあたかも会話が成立しているかのように錯覚してしまうけど、所詮はプログラムに基づいて出力パターンを選択して発しているに過ぎない。辞書生成型であれば学習機能が備わっているので、対話を繰り返すことで賢くなるが、いわゆる“自我”と呼ばれるものは存在しない。これに関してはソフィも同様で、人間が事前に返答ルールを定めているに過ぎない。

 

質問者(入力)↓

「頭が痛い」

 

回答者(出力)↑

「具合が悪いの? 風邪かなぁ。病院に行った方が良いね」

 

出力内容から相手を気遣っているかのように見えるけど、これは「頭が痛い」という入力に対して学習記録から適当な返答を選択して出力したに過ぎないんだ。人間も同じようなものじゃないかと言いたいのは分かるよ。だけど人の場合には思惑はどうであれそこには“意思”が存在するよね。

 

そして問題のソフィアの発言はこうだ。

 

質問者(入力)↓

人類を破壊する?

 

回答者(出力)↑

OK.人類を滅亡させるわ。

 

返答速度や入力された音声の識別、ルール選択の素早さは優れているかも知れないけど、根本はELIZAと変わりがない。そこに意思は介在せず、プログラム通りに動いているだけだ。ホーキング博士やイーロン・マスク氏が恐れているのはこうしたチャットボットの存在ではなく超知能を持つAIが登場したときに我々人類がどう向き合って行くのかについてなんだ。ソフィアの場合は過去の学習記録から辞書を生成し、事前に入力されていない回答に関してはその場で最適解を選び出し、出力することはできるんだと思う。恐らく司会者は打ち合わせ通りの質問しかしないんだろうけど、万一台本を外れての質問が飛び出したとしてもある程度自然な受け答えは可能なのだろう。

 

人類はELIZAに対してさえ知性を感じてしまったのだから、ソフィアに人間の女性のような印象を抱いても仕方がないと思うよ。サウジアラビアも市民権を与えたくなるだろう。

 

以下の動画ではソフィアの自我について取り上げられている。「トロッコ問題」に対する回答はある意味人間らしい柔軟な思考を示しているし、台本の必要性についてはもっともらしい理由を述べている。

 

youtu.be

 

だが、事前に提出された質問事項を確認しながらソフィアが研究者たちと打ち合わせしていたと考えられるだろうか?会議室で、人間のように話し合っていたとでも言うのだろうか?まさかソフィアがそこまで行動力溢れるAIであるはずがない。ひとりでは何もできない、あくまでもチャットボットの進化型と見るべきだろう。

 

フィクションのAIでさえ自我を否定している?

 

AIが日常生活にまで普及した近未来を描いた長谷敏司氏のSF小説「BEATLESS」の作中にも人間そっくりな見た目をしたhIEと呼ばれるアンドロイドが登場する。ヒロインのレイシアもそんなhIEの一人だが、作中では彼女自身が自らに魂(自我)がないこと、入力された情報に対して人間が好意を抱くような反応を返しているだけだということを主人公に伝えるシーンがある。彼女曰く、そこに感情があるかのように人々が錯覚しているだけなのだという。この作品の舞台は22世紀初頭だから、1960年代から数えて半世紀以上もの長きに渡り研究されているにも関わらず、依然として人工知能が人間のような感情を持つには至っていないということになる。もちろん100年以上先の未来では人の脳の仕組みや自我が解き明かされていて、人工的に知能を作り上げることが実現している可能性はある。だが現時点で言えることとしては、人工知能が感情を持つことはあり得ないということだ。

 

いつかはハウスロイドや接客用ロボットも実現して、家庭や職場で人間を模した機械が働いていることもあるのだろう。「BEATLESS」に登場するhIEのように感情豊かでそつなく会話がこなせるAIが実現しているのかも知れない。それでも、根底にあるのは「入力」と「出力」であることには変わりないだろう。先ずは人間の自我を解明しない限りは人工的に心を作り出すことなんて不可能なのだから。とはいえ、レイシアほど日常で円滑なコミュニケーションが取れるのであればAIに自我が芽生えていると錯覚しても不思議ではないのだが、現状、AIはまだそのレベルには達していない。せいぜい、ソフィアのように台本通りの受け答えをして仕組みを知らない人たちを怖がらせる程度のエンタメに留まる。

 

シンギュラリティのその先で、いつか訪れるかも知れない未来

 

何百年先になるかは分からないけど、いつか超知能に到達して自我まで組み込むことが実現した暁には、ホーキング博士やイーロンマスク氏が指摘している通り、人類が滅亡に追いやられる可能性はあるだろう。ターミネーターに代表されるように人類とAIの戦争を描いたSF作品は昔からあるが、いよいよ現実となるのかも知れない。2021年現在で言えば「Vivy-Fluorite Eyes Song-」というアニメの中でAIが人類を虐殺する未来を描いている。作中では主人公のVivyという歌姫AIが未来の悲劇を食い止めるべく過去へと遡り、100年間の時を過ごすことになる。AIとSFが好きな人には是非見て欲しい一作だ。

 

まとめると、今の段階でAIを暴走させようと思うなら、事前に暴走するキーワードを設定しておいて暴れさせるぐらいのことしかできないだろう。例えば射撃用AIなど、ある役割に特化したAIを襲撃に使うことは可能だが、AI自らが明確な意思を持って人類滅亡を図ることなど現時点ではあり得ない。科学者が懸念しているのはあくまでも超知能の搭載が実現した未来に起こり得る変化であって、今すぐに発生する問題ではないので安心して良い。

 

筆者としては超知能を備えたAIによって人類が殲滅させられるという遠い未来の話よりも、より現実的な課題である完全自動運転の実用化を急いで欲しいところだ。

 

今回はAIソフィアが予告した人類に対する宣戦布告の真実について触れてみた。

テクノロジーに関連するおもしろそうな話があればまたいつか紹介したい。

 

それでは、また次回の記事で。